サッカー人気の高まり
ピューリタンの批判にもかかわらず、フットボールは相変わらず行なわれ続けました。
・・・ピューリタンの厳しい批判をもってしても、フットボールを楽しみたいという人びとの気持ちを抑えることはできなかった、ということです。
17世紀にイングランドから移住したピューリタンによって築かれた北アメリカの植民地は、ピューリタン主義が支配する土地でした。
その北アメリカの植民地ですら、フットボールを追放することはできなかったという事実がありました。
何しろ、ピューリタン革命の指導者であり、共和制時代には護国卿として最高権力者であったオリヴァー・クロムウェルですら、ケンブリッジ大学で学んでいたころには、学業よりもフットボールに熱心な若者だったのですから・・・
宗教的な理由を掲げてフットボールを止めさせようとするのは、どだい無理だったということかもしれませんね。
サッカーユニフォームの数の多さからも分かるように、現代においてもサッカーへの人気は衰えることがありません。
クロムウェルに指導されたピューリタン革命が結局は勢いを失い、1660年に王政復古がなると、ピューリタンの影響力は弱まっていきました。
それに代わってフットボールを批判したのは、社会改良家たちでした。
彼らは、騒々しく乱暴なフットボールは近代的な社会の発達や物質的な進歩の妨げになるといって批判したのです。
フットボールを時代遅れのものと見なす、このような社会改良家の批判と、治安の維持を重視する当局者の思惑とが結びついて、19世紀になるとフットボールに対する当局や官憲の弾圧が強まったのです。