ゴッホの生きた人生 7
ゴッホという人物は、何をやるにしても、およそ限度というものを知りません。
伝道師という仕事を極限まで生きようとしたように、今度は、この画家という新しい仕事を極限まで生きようとします。
ブリュッセルで半年ほど過した彼は、翌年の4月、エッテンの父のもとに戻ります。
彼は「デッサンは辛い困難なたたかいだ」と言い、ガヴァルニの「1本も線を引かぬ日は1日としてなく」ということばを思い起しながら続けられる彼の生活においては、生きることと描くことがほとんど同義です。
そしてこの緊迫したたたかいを通じて、彼は、おのれの絵画の本質的スタイルをとらえ始めたようです。
エッテンからテオに書き送った手紙のなかの、
「自然はつねにはじめは素描家に抵抗する。
しかし、それを真にまじめに受けとめようと努力するものは脱線することはないのだ。
逆に、この抵抗は克服の戦いのよき刺激となるのだ。
根底においては、自然とまじめな素描家とは一致する。
だが、たしかに自然は『掴みにくい』。それでも自然をとらえなければならぬのだ。
しかも、しっかりした手で。
ある期間、自然と取組み合いの格闘をしていると、やがて自然もおとなしくなってくるものだ」。