ゴッホの生きた人生 6

ここでは、画家の眼が、宗教的渇望の強い支配力のもとにつばぎとめられながらも、そのなかにしみ入り、ある緊迫した結びつきを示しているようです。


しかし、伝道師としての挫折が、この結びつきのあいだに、不安な穴をあけました。


こうして、画家という仕事が、圧倒的に立ち現れるのです。


1880年の3月、ゴッホは、わずか10フランしか持たずに、画家ジュール・ブルトンのいるパ・ド・カレー県のクーリエールに徒歩旅行をします。


彼は、この旅行について、「結局のところ、いい加減に無意識にやってしまったことで、なぜ行ったのかははっきり説明出来ないのだ」と言い、「だが、ぼくは自分に言ってきかせたのだね、おまえはクーリエールを見るべきだ、と」と言っているにすぎないのですが、これが、彼にとっての或る転機のあらわれだったことは確かでしょう。


10フランがなくなると、彼は、野天で野宿し、あるいは、置き去りにしてあった荷馬車で夜を過しましたが、のちにテオにあてて、こんなふうに語るのです。


「ところが、こうしたひどいみじめさのさなかでのことだったのだ、ぼくが自分の精力がよみがえってくるのを感じて、自分に向ってこんなふうに言いきかせたのは。


どんなことがあろうと、ぼくはまた立ちあがろう、大きな落胆のなかで捨ててしまった鉛筆をもう1度取りあげよう。


またデッサンを始めよう、と。


それ以来、ぼくの眼の前のいっさいが変ってしまった。


そして、今ぼくは歩き始めているのだ。


ぼくの鉛筆はいくらか御しやすくなり、さらに1日1日とよくなってゆくようだ」。


27歳の彼は、また最初から、バルグの『木炭画の練習』や『デッサン教本』を学ぶことから始めなければなりません。


しかし、飛び立つことの出来たこの鳥の手紙は、希望とよろこびにあふれています。


10月、彼は、ついにボリナージュを去り、ブリュッセルにおもむくのです。

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